「充実感こそ最高の財産」(P74~P70)より
仏教に「忍耐」と言う言葉があります。
パーリ語でkhanti(カンティー)と言います。
サンスクリット語では(クシャーンティ)と言い、
ヒンドゥー教の人々は「クシャーンティ、クシャーンティ」と言って互いに挨拶を交わしています。
では「忍耐」とは何でしょう?
日本人の間では昔から、苦しい事や辛い事を我慢して耐え忍ぶ事を忍耐と言っている様ですが、仏教ではちょっと意味が違います。
忍耐とは、心の平安や平和を意味するんですね。
お釈迦様は比丘達に「忍耐しなさい」とよくおっしゃいました。
では、何を?
「寒い時、暑い時、蚊や虫に刺され時、空腹の時、喉が渇いた時、人に非難された時・・・、忍耐しなさい」
とおっしゃったのです。
これは「我慢しろ!」という意味では無く、
「落ち着いていなさい、平和な心を保ちなさい」
と言う事なのです。
私達は、他人に一寸褒められただけで上機嫌になって、すぐに舞い上がってしまうでしょう。
舞い上がると心に大きな波が生じて、落ち着きが失われ、智慧が消えてしまうんですね。
ですから、褒められても舞い上がらずに平和な心でいなさい、と。お釈迦様は教えているのです。
それから、辛い事や苦しい事に出遭った時も、イライラしたり、逃げ出したり、せずに落ち着いている事が大切です。
例えば、寒さが厳しい時、うだる様に暑い時、暴風の時、虫に刺された時など、冥想するのがちょっと難しい、と思うかもしれません。
でも、「折角、冥想しているのに全然集中できない!」
と苛立ちを起してしまうと、瞬時に心の平和が壊れてしまうでしょう。
ここで、忍耐が必要になるのです。
忍耐して、心の落ち着きを保って、冥想を続けていく事が非常に大事なのです。
また、生きていれば災害や事故などの予期せぬ困難に出遭うものです。
それは、避けられ無い事です。
例えば、山に登っている途中で遭難したとしましょう。
その時「大変だ、どうしょう!」と言って、混乱したり怯えたりしても、全然問題は解決しないでしょう。
パニックを起すと死ぬ事さえあります。
そうでは無くて、冷静に「まあこういう事もある」
と落ち着いていれば、次に「どうするべきか」という道が見えて来るのです。
この落ちついている状態が忍耐なのです。
褒められても舞い上がらず、貶されても機嫌を悪くしない、
どんな時でも心が落ち着いている状態のことを、仏教では「忍耐」といいます。
これは立派な人にしかできない生き方です。
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