タイの仏教書、チャヤサロー比丘の「心の友」の中で
「信仰とは誰も証明できない事を信じる事」と言っている。
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仏陀は、「信仰を捨てなさい。」と説いています。
仏教の「信」は、手を合わせてお願いしたり、言われた事を無条件で信じる「信仰」では無く
仏陀の話を → 理解して、正しいか自分で調査して、実践して、自分が発見する「確信」です。
http://www.j-theravada.net/qa/qahp70.html
2013年3月22日金曜日
2013年3月14日木曜日
捨:所感-仏教は、心の揺れを捨てる事から始まる。
仏教を実践して理解して、発見した事。
仏道とは、
今のこの瞬間瞬間、心と体を観察して、心の揺れを捨(upekkhā)て、ありのままを観察して、智慧を発見する事。
仏教の実践は、心の揺れ(煩悩)を捨てる事、から始まる。
執着を捨てるとは、心の揺れを捨てる事、から始まる。
仏道とは、
今のこの瞬間瞬間、心と体を観察して、心の揺れを捨(upekkhā)て、ありのままを観察して、智慧を発見する事。
24時間、深く穏やかな呼吸の出入りを、鼻孔と懐で観察(ānāpānasati sutta)して、心を整え
今、この瞬間瞬間、心と体を観察し、
心が感情で揺れた瞬間に、心の揺れを捨てて、本能や感情に支配されず、
心が感情で揺れた瞬間に、心の揺れを捨てて、本能や感情に支配されず、
有りの儘を、静かに観察して、道理に基づいて、冷静に思考し、
冷静に判断して、発見した瞬間に、智慧が現れる。
心の揺れを捨てた、その瞬間、苦の滅尽に触れ、苦の滅尽の味見(小さな経験)をしています。
心の揺れが、煩悩(貪瞋癡)。心の揺れを捨てた、その瞬間、苦の滅尽に触れ、苦の滅尽の味見(小さな経験)をしています。
心が揺れたら、煩悩が現れた状態。
その揺れを捨てる。
仏教の実践は、心の揺れ(煩悩)を捨てる事、から始まる。
執着を捨てるとは、心の揺れを捨てる事、から始まる。
2012年2月29日水曜日
仏教の精髄
プッタタート比丘(三蔵の中のダイヤモンド)より抜粋
http://space.geocities.jp/tammashart/book-sanzou.html
仏教の精髄とは何でしょうか。
それは、
サッペー タンマー ナーラン アピニヴェサーヤ
Sabbe dhammā nālaṃ abhinivesāyā
何物も、私、私のものと執着するべきではない
というブッダの言葉です。
これが三蔵の中のたった一粒のダイヤモンドです。
それが拡大されていろんな形になりました。
http://space.geocities.jp/tammashart/book-sanzou.html
仏教の精髄とは何でしょうか。
それは、
サッペー タンマー ナーラン アピニヴェサーヤ
Sabbe dhammā nālaṃ abhinivesāyā
何物も、私、私のものと執着するべきではない
というブッダの言葉です。
これが三蔵の中のたった一粒のダイヤモンドです。
それが拡大されていろんな形になりました。
2012年2月27日月曜日
仏教の真髄を掘り出す道具
仏教の「信」は、手を合わせてお願いをする信仰では無く、ブッダの法を理解、納得、実践して確信する。です。
豪華絢爛に装飾された仏教の扉を開け、奥に光り輝くブッダの真髄を取り出す道具(方法)を紹介します。
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プッタタート比丘(三蔵の中のダイヤモンド)より抜粋
http://space.geocities.jp/tammashart/book-sanzou.html
タンマを信奉する時、自由であって下さい。その為に、仏教の中のダイヤモンドと、ダイヤモンドを掘り出す道具の両方を差し上げます。これから差し上げる物を、仏教の中のダイヤモンドと言います。つまり、タンマを受け入れ信奉する上での最高の自由です。
「カーラーマ経(kālāmā sutta)」には、仏教を信奉する上での自由が述べられています。
それは最高の自由であり、最高に民主的です。
内容は、カーラーマの人々が、「どう受け入れたら良いのか分から無いほど、色んな教義を教える人がいるので、どうしたら良いでしょう」と質問した事に対し、ブッダが、カーラーマ経の十項目と呼ばれている物で答えた物です
豪華絢爛に装飾された仏教の扉を開け、奥に光り輝くブッダの真髄を取り出す道具(方法)を紹介します。
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プッタタート比丘(三蔵の中のダイヤモンド)より抜粋
http://space.geocities.jp/tammashart/book-sanzou.html
タンマを信奉する時、自由であって下さい。その為に、仏教の中のダイヤモンドと、ダイヤモンドを掘り出す道具の両方を差し上げます。これから差し上げる物を、仏教の中のダイヤモンドと言います。つまり、タンマを受け入れ信奉する上での最高の自由です。
「カーラーマ経(kālāmā sutta)」には、仏教を信奉する上での自由が述べられています。
それは最高の自由であり、最高に民主的です。
内容は、カーラーマの人々が、「どう受け入れたら良いのか分から無いほど、色んな教義を教える人がいるので、どうしたら良いでしょう」と質問した事に対し、ブッダが、カーラーマ経の十項目と呼ばれている物で答えた物です
ラベル:
appamāda:不放逸,
kālāmā sutta:カーラーマ経,
upekkhā:捨,
プッタタート比丘,
三蔵経,
仏教
2012年2月16日木曜日
捨。冥想は、捨てる訓練
(“悟りたい”人が悟れない理由)より
http://gotami.j-theravada.net/2006/07/dhammacast-21.html
「悟りたい」は、執着。
「幸福に成りたい」も、執着。
「苦しみを無くしたい」は、無執着。
仏教は、『執着を捨てる』ことを教えます。
冥想は、捨てる訓練。
仏教の冥想法は、「捨てる訓練」なのです。
http://gotami.j-theravada.net/2006/07/dhammacast-21.html
「悟りたい」は、執着。
「幸福に成りたい」も、執着。
「苦しみを無くしたい」は、無執着。
仏教は、『執着を捨てる』ことを教えます。
冥想は、捨てる訓練。
仏教の冥想法は、「捨てる訓練」なのです。
2012年2月9日木曜日
捨。仏教は、突き詰めれば「捨てる」と言う事に尽きる。
「震災と祈り」サンガジャパンVol. 6 「落ち着き」だけが「自分のもの」になる より → Amazon
≪抜粋≫
仏教の真理は、ひと言で言えば「捨てる」
仏教の、悟りのポイントは、ただそれだけなのです。
仏教は突き詰めれば「捨てる」ということに尽きるのです。
長老方、指導者たちは、いつでも「捨てたら楽」だということを言っているのです。
お釈迦様も「私の物で無い物は、捨てなさい」と同じ言葉をずっと説かれます。
仏教がポイントとする姿勢というのは、捨てて意欲だけ持つ、ということです。
強力な意欲が必要です。 「やり抜く」という負けず嫌いが必要です。
≪以下 原文≫
■「したい」と、言う気持ちを捨てる。
アーチャン・チャーという有名なお坊さんがいます。
田舎のお坊さんで、外国語は何もわからず、しかも森の中で生活していたのですが、世界中で有名なのです。
≪抜粋≫
仏教の真理は、ひと言で言えば「捨てる」
仏教の、悟りのポイントは、ただそれだけなのです。
仏教は突き詰めれば「捨てる」ということに尽きるのです。
長老方、指導者たちは、いつでも「捨てたら楽」だということを言っているのです。
お釈迦様も「私の物で無い物は、捨てなさい」と同じ言葉をずっと説かれます。
仏教がポイントとする姿勢というのは、捨てて意欲だけ持つ、ということです。
強力な意欲が必要です。 「やり抜く」という負けず嫌いが必要です。
≪以下 原文≫
■「したい」と、言う気持ちを捨てる。
アーチャン・チャーという有名なお坊さんがいます。
田舎のお坊さんで、外国語は何もわからず、しかも森の中で生活していたのですが、世界中で有名なのです。
2012年2月2日木曜日
2012年1月29日日曜日
2012年1月25日水曜日
2012年1月24日火曜日
2012年1月23日月曜日
仏教の2大要素は、慈悲と真理
慈悲、智慧の説明としては、全く足りません、今後、更新していきます。
■仏教の2大要素
1.慈悲の心を育てる。
2.真理の発見。
■慈悲とは
慈悲喜捨(四無量心)の事
1) 慈:Mettā(メッター) 友情のような優しさ
2) 悲:Karunā(カルナー) 他者の苦しみをなくしてあげたいという優しさ
3) 喜:Muditā(ムディター) 他者の幸福を共に喜ぶ優しさ
4) 捨:Upekkhā(ウペッカー) 差別のない広々した平等な心でいる優しさ
≪生き方≫
慈悲とは、人がどの様に生きれば良いか?
慈悲とは、人がどの様に生きれば良いか?
という質問に対する お釈迦様 の答えです。
≪エゴを消す≫
慈悲の冥想をする度にエゴが消えていく。
≪仏教の土台≫
慈悲は、仏教の土台であり、
慈悲が育っていないと、言葉で真理を理解しても、
正しい禅定が作れず、悟りの智慧が生まれません。
≪心と身体を清める唯一の方法≫
「この体で犯した罪は、この世で償って、あの世には
持って行きません」と、思うならば、
(mettā cetovimutti)「慈悲心解脱」を実践するのです。
※心解脱(慈悲)、慧解脱(ヴィパッサナー)
≪罪からの解放≫
罪を悔い改め、心清らかにしたければ慈悲の瞑想しかない。
≪罪からの解放≫
罪を悔い改め、心清らかにしたければ慈悲の瞑想しかない。
慈悲の瞑想をすれば恩赦になる。【異熟】
≪悟る≫
慈悲でエゴが消えたら不還果の「悟り」です。
この世で、完全に解脱に達することができなかった場合でも、
二度と、この世に戻れない境地である、不還果に生まれるのです。
二度と、この世に戻れない境地である、不還果に生まれるのです。
■真理とは
・真理とは、四聖諦
・真理とは、苦、無常、無我
・心と身体に真理がある。
2012年1月22日日曜日
捨:仏教は、信仰を捨て、法を理解して実践して確信する。
仏陀は、只、言われたことを無条件に信じると言う「信仰」を否定しております。
仏陀は、私に手を合わせて拝むな。自ら法を実践しなさい。と言われています。
仏陀は、信仰を捨て、理性でもって、確り、自分で確かめて、確信しなさい。と言われています。
それが、仏教の「信」です。 仏陀は、「信仰」を捨てなさい。と説いています。
仏陀は、信仰を捨て、理性でもって、確り、自分で確かめて、確信しなさい。と言われています。
それが、仏教の「信」です。 仏陀は、「信仰」を捨てなさい。と説いています。
ラベル:
appamāda:不放逸,
kālāmā sutta:カーラーマ経,
upekkhā:捨,
viññū:理性,
確信,
信,
仏教
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