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2012年4月24日火曜日

捨:執着を捨てる事が解脱

(安らぎへの道は険しくない)より
http://www.j-theravada.net/howa/howa165.html

「すぐ解脱に達しますよ」と釈尊に言われても、実際に、解脱に達する人は少ないのも事実です。

それは人々の理解能力の問題です。
生きることは苦である、という真理を認めたくはないのです。
何を言われても、生きることでいろいろ楽しみがあるのではないかと、思っている。
それで、生きることに執着するのです。

執着を捨てることが、解脱です。

「執着を捨てたくないが、ブッダの教えはありがたい。
実践したい」と言っても矛盾があります。
ブッダの説かれた「生きることは苦である」という真理を否定しているのです。
その真理を否定すると、「解脱は最高の幸福である」という真理も否定しているのです。

2012年2月10日金曜日

捨。手放す

心に生ずるものは何であれ、手放す様にして下さい。
賞賛や見返りを期待してはいけません。

もし、少しだけ手放すのなら、
貴方は、少しだけ平安を得るでしょう。

もし、多くの物を手放すのなら、
貴方は、多くの平安を得るでしょう。

もし、あらゆる物を手放すのなら、
貴方は、完全な平安と自由を知るでしょう。

その時、
この世界に於ける貴方の戦いは、終わりを告げる事になるのです。

アーチャン・チャー長老
(書籍:手放す生き方 P104)

捨。解脱

お釈迦様の教えは、すべてを捨てたところ(解脱)で修了するのです。

アーチャン・チャー長老

出村佳子さんのHPより、抜粋
http://homepage3.nifty.com/sukha/Ajhancha_4nobletruth_.html

2012年2月4日土曜日

無我とは

生きる、ということは、
感覚を変化させることです。
感覚には苦も楽も不苦不楽もあるし、一つの感覚だけ続くことはあり得ない。

感覚は、因縁によって現れたり、消えたりするのです。

愚か者は、
「感覚が我であり、我が魂であり、永遠である」と誤解して執着して、輪廻転生して苦しむが、

理性のある人は、
感覚に対する執着を一切捨てて、解脱に達するのです。

これが釈尊の説かれた「無我」の話です。

(HP:魂は巨大妄想の産物である)
http://www.j-theravada.net/howa/howa163.html

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お釈迦様の教えには「無我」(実体はない)の冥想があります。
どんな人も「私」に執着していますから、この教えを聞いたほうがよいでしょう。
「私」に執着することから苦しみが生じます。
それゆえ、この「無我」ということを、よく観察すべきなのです。

2012年2月3日金曜日

四聖諦-(01)

アーチャン・チャー長老 (法話:4つの聖なる真理)
出村佳子さんのHPより抜粋。
http://homepage3.nifty.com/sukha/Ajhancha_4nobletruth_.html

この法話は1977年にイギリスのカンブリア、マンジュシュリー協会でおこなった法話です。

真理とは

· 真理とは、四聖諦(苦集滅道)
苦諦:生きる事は苦という真理
集諦:苦の原因という真理
滅諦:苦の滅という真理
道諦:苦の滅を実現する道という真理(八正道) 

· 真理とは、苦、無常、無我

(書籍;調査中)

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(書籍:サンガジャパンVol. 6「震災と祈り」
「落ち着き」だけが「自分のもの」になる P170-176)

・仏教の真理は、ひと言で言えば「捨てる」

・仏教の、悟りのポイントは、ただそれだけなのです。
・仏教は突き詰めれば「捨てる」ということに尽きるのです。

・長老方、指導者たちは、いつでも「捨てたら楽」だということを言っているのです。
・お釈迦様も「私の物で無い物は、捨てなさい」と同じ言葉をずっと説かれます。

・仏教がポイントとする姿勢というのは、捨てて意欲だけ持つ、ということです。
・強力な意欲が必要です。  「やり抜く」という負けず嫌いが必要です。

2012年1月28日土曜日

悟り と 解脱 の違い

・解脱 vimutti(ヴィムッティ)…脱する
・悟り bodhi(ボーディ)…目覚める

2012年1月26日木曜日

究極の真理

解脱さえも無常である。 と言う事が、究極の真理。

2012年1月25日水曜日

仏教の最後の目的

(長老の語録より、文献名調査中)

仏教の最後の目的は「悟り」の「智慧」を得る事にあります。

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(長老の語録より、文献名調査中)

無常の智慧を発見したら悟る。

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(四無量心の世界より)

冥想して、禅定して、「禅定さえも無常である」、と発見(智慧)したら悟る。