仏教徒として、最も重要な事は、理性です。
(慈悲は、理性の能力の一つだと、理解しております。)
たとえ、相手がお釈迦様やスマナサーラ長老の教えであっても、客観的に観察をする必要があります。
軽視や疑いではありません。
理性をもって対話をするのです。
仏教で信は、手を合わせて有難がる「信仰」ではなく、
理解して、実践して、発見する「確信」です。
kālāmā suttaでお釈迦様は、私の話も、客観的に観察しなさい。
と説いておられます。
これが、仏教が真理の教えである事の証。だと。
私は、思います。
2013年11月27日水曜日
2013年3月22日金曜日
捨:仏陀は「信仰を捨てなさい」と説いています。
タイの仏教書、チャヤサロー比丘の「心の友」の中で
「信仰とは誰も証明できない事を信じる事」と言っている。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
仏陀は、「信仰を捨てなさい。」と説いています。
仏教の「信」は、手を合わせてお願いしたり、言われた事を無条件で信じる「信仰」では無く
仏陀の話を → 理解して、正しいか自分で調査して、実践して、自分が発見する「確信」です。
http://www.j-theravada.net/qa/qahp70.html
「信仰とは誰も証明できない事を信じる事」と言っている。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
仏陀は、「信仰を捨てなさい。」と説いています。
仏教の「信」は、手を合わせてお願いしたり、言われた事を無条件で信じる「信仰」では無く
仏陀の話を → 理解して、正しいか自分で調査して、実践して、自分が発見する「確信」です。
http://www.j-theravada.net/qa/qahp70.html
2012年1月22日日曜日
捨:仏教は、信仰を捨て、法を理解して実践して確信する。
仏陀は、只、言われたことを無条件に信じると言う「信仰」を否定しております。
仏陀は、私に手を合わせて拝むな。自ら法を実践しなさい。と言われています。
仏陀は、信仰を捨て、理性でもって、確り、自分で確かめて、確信しなさい。と言われています。
それが、仏教の「信」です。 仏陀は、「信仰」を捨てなさい。と説いています。
仏陀は、信仰を捨て、理性でもって、確り、自分で確かめて、確信しなさい。と言われています。
それが、仏教の「信」です。 仏陀は、「信仰」を捨てなさい。と説いています。
ラベル:
appamāda:不放逸,
kālāmā sutta:カーラーマ経,
upekkhā:捨,
viññū:理性,
確信,
信,
仏教
登録:
投稿 (Atom)