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2012年2月15日水曜日

捨。智慧、禅定に執着しない。

13.もうひとつの生き方 I (1)智慧もサマディも悟りではありません
http://www.j-theravada.net/kogi/kogi63.html

(1)智慧もサマディも悟りではありません

■完全な悟りはどうやって得るのか■
仏教の世界で、一番優れていたと言われるのはお釈迦さまの一番弟子であるサーリプッタ尊者です。サーリプッタ尊者ほど、仏教の話を明確に説明できる人はいなかったのです。ですので、いろいろな修行者たちが悩んだとき、問題にぶつかったとき、彼らを解決に導いてあげたのは、ほとんど、サーリプッタ尊者だったのです。

2012年2月12日日曜日

捨。Upekkhā

心を育てるキーワード集 →CATU-APPAMAÑÑā-CITTA: 慈悲 (四無量心)
http://www.j-theravada.net/pali/key-catu-appamanna-citta.html

----- 以下引用

upekkhā(ウペッカー) 捨
 差別のない広々した平等な心でいる優しさ

捨 upekkhā 「平等心」です。

Upa という接頭語には、
落ち着いて、包括的に」という意味があり、
それに ikkhati
見る、観察する」が合わさった動詞
upekkhati の名詞形がupekkhā で、
落ち着いて客観的に観察すること」というような意味になります。
一方的に偏らず、偏見がない心です。

その意味を見てもわかるように、
upekkhā と智慧はかなり近いのです。
upekkhā が育つ」と「智慧が育つ」は同義語と言っていいほどです。

2012年2月9日木曜日

捨。放っておく。悟りへのパスワード。

冥想のルールは、(1)実況中継、(2)スローモーション、(3)感覚を感じる
冥想とは、実況中継。実況中継が冥想。

足がしびれたり、カラダが痛くなったら、放っておく。
この放っておく事が、悟りへのパスワード。
傷みも無常である。事を観察出来る。

(初心者指導にて)

≪所感≫
放っておくとは、捨の実践と言う事。

主観的な思考、妄想、Papañca(捏造)を捨てて、集中して、ありのままの心と身体を観察して、真理(苦、無常、無我)を発見(智慧)する事。

観察とは、
物事の状態や、変化を、当事者では無く、第三者の立場から、客観的に、冷静に、注意深く、見て、調べる。事。

2012年2月6日月曜日

捨。人の言動は、放っておく

他人は、放っておきなさい
他人の欠点を探してはいけません。  もし、彼らが間違った行いをしたとしても、その事によって、貴方自身が苦しむ必要は無いのです。  もし、貴方が彼らにどの様にするのが正しいかを指摘して、彼らが、それに従って行動しなくても、放っておく事です。

アーチャン・チャー長老
(書籍:手放す生き方 P99)

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他の人のことは放っておくのです。

自分の心を観察するだけでも十分すぎるほど大変なことです。
なぜ他人を評価するというような重荷をさらに背負うのでしょうか。

自分の呼吸や毎日の生活を冥想の場として活用する事を学ぶのです。
そうすればあなたの智慧は確実に成長します。

アーチャン・チャー長老
(書籍:手放す生き方)

2012年2月3日金曜日

四聖諦-(01)

アーチャン・チャー長老 (法話:4つの聖なる真理)
出村佳子さんのHPより抜粋。
http://homepage3.nifty.com/sukha/Ajhancha_4nobletruth_.html

この法話は1977年にイギリスのカンブリア、マンジュシュリー協会でおこなった法話です。

真理とは

· 真理とは、四聖諦(苦集滅道)
苦諦:生きる事は苦という真理
集諦:苦の原因という真理
滅諦:苦の滅という真理
道諦:苦の滅を実現する道という真理(八正道) 

· 真理とは、苦、無常、無我

(書籍;調査中)

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(書籍:サンガジャパンVol. 6「震災と祈り」
「落ち着き」だけが「自分のもの」になる P170-176)

・仏教の真理は、ひと言で言えば「捨てる」

・仏教の、悟りのポイントは、ただそれだけなのです。
・仏教は突き詰めれば「捨てる」ということに尽きるのです。

・長老方、指導者たちは、いつでも「捨てたら楽」だということを言っているのです。
・お釈迦様も「私の物で無い物は、捨てなさい」と同じ言葉をずっと説かれます。

・仏教がポイントとする姿勢というのは、捨てて意欲だけ持つ、ということです。
・強力な意欲が必要です。  「やり抜く」という負けず嫌いが必要です。

2012年1月25日水曜日

仏教の最後の目的

(長老の語録より、文献名調査中)

仏教の最後の目的は「悟り」の「智慧」を得る事にあります。

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(長老の語録より、文献名調査中)

無常の智慧を発見したら悟る。

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(四無量心の世界より)

冥想して、禅定して、「禅定さえも無常である」、と発見(智慧)したら悟る。

2012年1月24日火曜日

慈悲は仏教の土台

・慈悲は、仏教の土台です。
・慈悲で「心」を育てなければ、幾ら「真理」を理解しても、「智慧」を発見できず、「仏教」を理解できない。
慈悲の心は、道徳であり、即ち五戒が完成する。五戒とは戒律の事。

戒律は仏教の土台であり、その上に禅定(集中力)が生まれ、智慧を発見する。
戒律を守らないと、正しい禅定が生まれず、真理を理解しても、悟りの智慧は発見出来ない。

2012年1月23日月曜日

仏教の2大要素は、慈悲と真理

慈悲、智慧の説明としては、全く足りません、今後、更新していきます。

■仏教の2大要素
1.慈悲の心を育てる。
2.真理の発見。

■慈悲とは
慈悲喜捨(四無量心)の事
1) 慈:Mettā(メッター) 友情のような優しさ 
2) 悲:Karunā(カルナー) 他者の苦しみをなくしてあげたいという優しさ 
3) 喜:Muditā(ムディター) 他者の幸福を共に喜ぶ優しさ 
4) 捨:Upekkhā(ウペッカー) 差別のない広々した平等な心でいる優しさ 

≪生き方≫
慈悲とは、人がどの様に生きれば良いか?
という質問に対する お釈迦様 の答えです。

≪エゴを消す≫
慈悲の冥想をする度にエゴが消えていく。

≪仏教の土台≫
慈悲は、仏教の土台であり、
慈悲が育っていないと、言葉で真理を理解しても、
正しい禅定が作れず、悟りの智慧が生まれません。

≪心と身体を清める唯一の方法≫
「この体で犯した罪は、この世で償って、あの世には
持って行きません」と、思うならば、
(mettā cetovimutti)「慈悲心解脱」を実践するのです。
※心解脱(慈悲)、慧解脱(ヴィパッサナー)

≪罪からの解放≫
罪を悔い改め、心清らかにしたければ慈悲の瞑想しかない。
慈悲の瞑想をすれば恩赦になる。【異熟】

≪悟る≫
慈悲でエゴが消えたら不還果の「悟り」です。
この世で、完全に解脱に達することができなかった場合でも、
二度と、この世に戻れない境地である、不還果に生まれるのです。 

■真理とは
・真理とは、四聖諦
・真理とは、苦、無常、無我
・心と身体に真理がある。