Vayadhammā saṅkhārā appamādena sampādethā
諸行は無常、アッパマーダに努めなさい。(Upekkhā:捨=心の揺れを捨てる)
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無明
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2012年4月8日日曜日
問題は、たった一つだけ。妄想する事
(“言葉の力”と実況中継)より
http://gotami.j-theravada.net/2006/08/dhammacast-26.html
意味を理解できない呪文自体に効き目は全く無い。
それは、迷信。
言葉に力は無い。
言語は、道具。
言葉によって、一部の感情が上がってくる。
言葉に力が在るのではなくて、心のエネルギーに力がある。
人間は、言葉を道具として使っている。
人間は、言葉で感情の管理ができる。
言葉を聞くと、心の中の感情がかき混ぜられて爆発する。
生命の問題は、たった一つ
妄想する事。
それさえ無ければ、全てOK
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2012年2月22日水曜日
捨:生かされている。とは
(私感です。)
「生かされている」とは、
見えない何かの力に、生かされているのでは無く。
目の前の事(この状態)に最善を尽くす。と言う事です。
今、この瞬間、この与えられたこの状態、この目の前の状況に、不満、怒りを捨て、理性と慈しみで、確り最善を尽くして行動する事です。
与えられた状態、身体(不自由でも)、仕事(理不尽な処遇でも)、人間関係(いじめられても、嫌いでも)、家(荒ら屋でも)、食事(粗食でも)、勉強(苦手でも)、家庭(歪んでいても)、排便さえも、睡眠にも最善を尽くして行動す事です。
目の前の状況の、不満、怒り、悲しみ、絶望さえも捨て、心を穏やかにし、理性と慈しみを持って、与えられたこの中で最善を尽くして行動する。
「生かされている」とは、そういう事だと思います。
目の前の事、この状態に最善を尽くす。と言う事です。
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2012年2月4日土曜日
悟れない
修行で、なかなか悟りに達しないという事は、無明を正当化している。
(法話:パパンチャを破る-禅の物語(無門関)にちなんで) より
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(「震災と祈り」サンガジャパンVol. 6 「落ち着き」だけが「自分のもの」になる)
≪抜粋≫
・「知りたい」「悟りたい」などと、「○○○○したい」が入ると終わり。
・やることはやるのですが、「やりたい、やりたい」ではないのです。 「何のため」とか、「このほうがこんなにいいことがあるから」という目的や理由はなく、「やる」という意欲だけ必要だということです。
・ですから、強力な意欲が必要です。 「やり抜く」という負けず嫌いが必要です。
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2012年2月1日水曜日
パパンチャ(Papañca)とは
・パパンチャ(Papañca)とは、六処(眼耳鼻舌身)から入ってきたデータを感情で捏造して、自分だけに限った世界を作るという事。
・私達は瞬時にデータをねつ造する。
(施本:偉大なる人の思考-P110)
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・無明とはPapañcaの事。
(法話:パパンチャを破る-禅の物語(無門関)にちなんで)
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2012年1月30日月曜日
無明とは。
(長老の語録より、文献名調査中)
四聖諦についての無智が無明
無明とは、
・苦についての無智
・苦の生起についての無智
・苦の滅尽についての無智
・苦の滅尽に至る道の無智
これを称して無明と言う。
即ち四聖諦についての無智が無明。
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(法話:パパンチャを破る-禅の物語(無門関)にちなんで) より
無明とは簡単に説明すると、
四聖諦を知らない。
因果法則を知らない。
事であるが、
難しく言うと、無明とは、
パパンチャ(Papañca:データのねつ造)の事です。
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2012年1月20日金曜日
スマナサーラ長老との出会い。
今まで苦労して積み重ねて来た人生を、身内に根底からひっくり返され、家族と財産を含めて全てを失った10日後の2010年1月2日に梅田の紀伊国屋書店で「怒らないこと」に出会い、人生で培った私の常識、思考が根底から間違っていた事を叩きつけられました。
私に欠落していた物は、慈しみと理性です。
お釈迦様に、生命としての道を照らして頂きました。
無明を引きずりながら前に進んで、生命として精進して参ります。
この本に出会っていなければ、今ここに、私は居ません。
- 生きとし生けるものに悟りの光が現れます様に。 -
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2011年12月11日
マーヤーデービー精舎から新大阪駅まで、長老の車に同席させて頂き、大変貴重な時間を頂きました。
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