生きる、ということは、
感覚を変化させることです。
感覚には苦も楽も不苦不楽もあるし、一つの感覚だけ続くことはあり得ない。
感覚は、因縁によって現れたり、消えたりするのです。
愚か者は、
「感覚が我であり、我が魂であり、永遠である」と誤解して執着して、輪廻転生して苦しむが、
理性のある人は、
感覚に対する執着を一切捨てて、解脱に達するのです。
これが釈尊の説かれた「無我」の話です。
(HP:魂は巨大妄想の産物である)
http://www.j-theravada.net/howa/howa163.html
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
お釈迦様の教えには「無我」(実体はない)の冥想があります。
どんな人も「私」に執着していますから、この教えを聞いたほうがよいでしょう。
「私」に執着することから苦しみが生じます。
それゆえ、この「無我」ということを、よく観察すべきなのです。