(“悟りたい”人が悟れない理由)より
http://gotami.j-theravada.net/2006/07/dhammacast-21.html
「悟りたい」は、執着。
「幸福に成りたい」も、執着。
「苦しみを無くしたい」は、無執着。
仏教は、『執着を捨てる』ことを教えます。
冥想は、捨てる訓練。
仏教の冥想法は、「捨てる訓練」なのです。
2012年2月16日木曜日
2012年2月4日土曜日
悟れない
修行で、なかなか悟りに達しないという事は、無明を正当化している。
(法話:パパンチャを破る-禅の物語(無門関)にちなんで) より
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(「震災と祈り」サンガジャパンVol. 6 「落ち着き」だけが「自分のもの」になる)
≪抜粋≫
・「知りたい」「悟りたい」などと、「○○○○したい」が入ると終わり。
・やることはやるのですが、「やりたい、やりたい」ではないのです。 「何のため」とか、「このほうがこんなにいいことがあるから」という目的や理由はなく、「やる」という意欲だけ必要だということです。
・ですから、強力な意欲が必要です。 「やり抜く」という負けず嫌いが必要です。
(法話:パパンチャを破る-禅の物語(無門関)にちなんで) より
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(「震災と祈り」サンガジャパンVol. 6 「落ち着き」だけが「自分のもの」になる)
≪抜粋≫
・「知りたい」「悟りたい」などと、「○○○○したい」が入ると終わり。
・やることはやるのですが、「やりたい、やりたい」ではないのです。 「何のため」とか、「このほうがこんなにいいことがあるから」という目的や理由はなく、「やる」という意欲だけ必要だということです。
・ですから、強力な意欲が必要です。 「やり抜く」という負けず嫌いが必要です。
2012年1月30日月曜日
無明とは。
(長老の語録より、文献名調査中)
四聖諦についての無智が無明
無明とは、
・苦についての無智
・苦の生起についての無智
・苦の滅尽についての無智
・苦の滅尽に至る道の無智
これを称して無明と言う。
即ち四聖諦についての無智が無明。
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(法話:パパンチャを破る-禅の物語(無門関)にちなんで) より
無明とは簡単に説明すると、
四聖諦を知らない。
因果法則を知らない。
事であるが、
難しく言うと、無明とは、
パパンチャ(Papañca:データのねつ造)の事です。
四聖諦についての無智が無明
無明とは、
・苦についての無智
・苦の生起についての無智
・苦の滅尽についての無智
・苦の滅尽に至る道の無智
これを称して無明と言う。
即ち四聖諦についての無智が無明。
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(法話:パパンチャを破る-禅の物語(無門関)にちなんで) より
無明とは簡単に説明すると、
四聖諦を知らない。
因果法則を知らない。
事であるが、
難しく言うと、無明とは、
パパンチャ(Papañca:データのねつ造)の事です。
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