2012年5月18日金曜日

心を見つめるとは

(「瞑想のすすめ」ランチュアン イントラカムヘン尼著、訳tammashart:より)

心を見つめるとは、
心の中に生じる感情を観察する事

心が何を感じているのか、
涼しいと感じたら、それは涼しいという感情が生まれたのです。
それが心の自然な状態です。

2012年4月24日火曜日

捨:執着を捨てる事が解脱

(安らぎへの道は険しくない)より
http://www.j-theravada.net/howa/howa165.html

「すぐ解脱に達しますよ」と釈尊に言われても、実際に、解脱に達する人は少ないのも事実です。

それは人々の理解能力の問題です。
生きることは苦である、という真理を認めたくはないのです。
何を言われても、生きることでいろいろ楽しみがあるのではないかと、思っている。
それで、生きることに執着するのです。

執着を捨てることが、解脱です。

「執着を捨てたくないが、ブッダの教えはありがたい。
実践したい」と言っても矛盾があります。
ブッダの説かれた「生きることは苦である」という真理を否定しているのです。
その真理を否定すると、「解脱は最高の幸福である」という真理も否定しているのです。

2012年4月8日日曜日

問題は、たった一つだけ。妄想する事

(“言葉の力”と実況中継)より

意味を理解できない呪文自体に効き目は全く無い。
それは、迷信。
言葉に力は無い。
言語は、道具。

言葉によって、一部の感情が上がってくる。
言葉に力が在るのではなくて、心のエネルギーに力がある。

人間は、言葉を道具として使っている。
人間は、言葉で感情の管理ができる。
言葉を聞くと、心の中の感情がかき混ぜられて爆発する。

生命の問題は、たった一つ
妄想する事。
それさえ無ければ、全てOK

2012年3月31日土曜日

第一回 摂津勉強会

本日から、大阪府の摂津で勉強会が始まりました。
(高槻市立総合市民交流センター 3F)

勉強会で、私が頂いた実りです。

(1)捨てる。と、手放す。
(2)この瞬間を意識する。
私は、正月のアラナの宿泊冥想会に参加で、溢れる程の実りを
頂きました。

その後、
「24時間、心と身体の観察して、心が揺れた瞬間に捨てる。
この呼吸を吐き終わるまでに死ぬかも知れない。」
(※絶えず、死を意識する事も、Appamādaです。:プッタタート比丘)
という、訓練をしており、
今、この瞬間瞬間の苦しみからの解放を実感しております。

また、美しい、楽しいと感じて、心は揺れても、
終了宣言をして、対象に執着しない訓練もしております。

「手放すとは、エネルギーを解放する。」
との話を頂き、また一つ苦の滅尽の理解が深まりました。
(捨てる。と、手放す。は同じ事と、理解しています。)

私が、心が揺れた瞬間に捨てていたのは、エネルギーである事。
また、エネルギーを手放す事をイメージする事でも
瞬間瞬間の苦の滅尽になる事を理解しました。

2012年3月2日金曜日

捨:心は一瞬で変わる

家族と財産を失った10日後の2010年の1月2日に、
長老の本「怒らないこと」に出会い、1ヶ月間、毎日、毎日、何度も何度も読み返しました。
オーディオブックも購入して、歩きながら、掃除をしながら、絶えず聞いていました。
もっと理解したくて、倍速版までも購入しました。
今までに軽く50回は聞いているでしょう。
いや、100回は聞いているかも。

この本と出会った2週間後の1月15日頃に、家族に騙された事に怨み、布団の中で悔し涙が止めども無く流れていた。



「涙は、怒りだ」と、思った瞬間に。
けろっとして、何事もなかったように、心が穏やかに成った。

2012年2月29日水曜日

仏教の精髄

プッタタート比丘(三蔵の中のダイヤモンド)より抜粋
http://space.geocities.jp/tammashart/book-sanzou.html

仏教の精髄とは何でしょうか。
それは、

サッペー タンマー ナーラン アピニヴェサーヤ
Sabbe dhammā nālaṃ abhinivesāyā
何物も、私、私のものと執着するべきではない

というブッダの言葉です。
これが三蔵の中のたった一粒のダイヤモンドです。
それが拡大されていろんな形になりました。

2012年2月27日月曜日

仏教の真髄を掘り出す道具

仏教の「信」は、手を合わせてお願いをする信仰では無く、ブッダの法を理解、納得、実践して確信する。です。

豪華絢爛に装飾された仏教の扉を開け、奥に光り輝くブッダの真髄を取り出す道具(方法)を紹介します。

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プッタタート比丘(三蔵の中のダイヤモンド)より抜粋
http://space.geocities.jp/tammashart/book-sanzou.html

タンマを信奉する時、自由であって下さい。その為に、仏教の中のダイヤモンドと、ダイヤモンドを掘り出す道具の両方を差し上げます。これから差し上げる物を、仏教の中のダイヤモンドと言います。つまり、タンマを受け入れ信奉する上での最高の自由です。

「カーラーマ経(kālāmā sutta)」には、仏教を信奉する上での自由が述べられています。
それは最高の自由であり、最高に民主的です。
内容は、カーラーマの人々が、「どう受け入れたら良いのか分から無いほど、色んな教義を教える人がいるので、どうしたら良いでしょう」と質問した事に対し、ブッダが、カーラーマ経の十項目と呼ばれている物で答えた物です