2012年12月31日月曜日

捨-Upekkhā 5つの質問

2012.12.16(日)
日本テーラワーダ仏教協会の関西月例冥想会(三田:マーヤーデービー精舎)にて
アルボムッレ・スマナサーラ長老に捨-Upekkhāについて5つ質問をさせて頂きました。

1)「心の揺れを捨てる。」事が、捨-Upekkhāですか。
2)「心の揺れを捨てる。」事は、理性ですか。
3)慈悲の土台は、捨-Upekkhāですか。
4)「心の揺れを捨てる。」事は、執着を捨てる事ですか。
5)仏教で言う幸せとは、
  心の揺れを捨てて、冷静に観察し、発見する事。ですか。

2012年9月11日火曜日

精進とは

「充実感こそ最高の財産」(P83)より

精進(viriya)とは

お釈迦様は、常に「瞬間を失ってはいけません」とおっしゃいました。
パーリ語で「Khanaṃ mā vo upaccagā」と言います。
これが、精進の本当の意味です。

精進とは、歯を食い縛って、只、闇雲に頑張ると言う事では、ありません。
常に、目覚めている事を言うのです。

2012年9月10日月曜日

捨:忍耐

「充実感こそ最高の財産」(P74~P70)より

仏教に「忍耐」と言う言葉があります。
パーリ語でkhanti(カンティー)と言います。
サンスクリット語では(クシャーンティ)と言い、
ヒンドゥー教の人々は「クシャーンティ、クシャーンティ」と言って互いに挨拶を交わしています。

では「忍耐」とは何でしょう?

日本人の間では昔から、苦しい事や辛い事を我慢して耐え忍ぶ事を忍耐と言っている様ですが、仏教ではちょっと意味が違います。

忍耐とは、心の平安や平和を意味するんですね。

2012年7月28日土曜日

捨:相手を許すとは:ガンジー

弱い者ほど、
相手を許す事ができない。

許すと言う事は、
強さの証だ。

マハトマ・ガンジー

2012年5月18日金曜日

心を見つめるとは

(「瞑想のすすめ」ランチュアン イントラカムヘン尼著、訳tammashart:より)

心を見つめるとは、
心の中に生じる感情を観察する事

心が何を感じているのか、
涼しいと感じたら、それは涼しいという感情が生まれたのです。
それが心の自然な状態です。

2012年4月24日火曜日

捨:執着を捨てる事が解脱

(安らぎへの道は険しくない)より
http://www.j-theravada.net/howa/howa165.html

「すぐ解脱に達しますよ」と釈尊に言われても、実際に、解脱に達する人は少ないのも事実です。

それは人々の理解能力の問題です。
生きることは苦である、という真理を認めたくはないのです。
何を言われても、生きることでいろいろ楽しみがあるのではないかと、思っている。
それで、生きることに執着するのです。

執着を捨てることが、解脱です。

「執着を捨てたくないが、ブッダの教えはありがたい。
実践したい」と言っても矛盾があります。
ブッダの説かれた「生きることは苦である」という真理を否定しているのです。
その真理を否定すると、「解脱は最高の幸福である」という真理も否定しているのです。

2012年4月8日日曜日

問題は、たった一つだけ。妄想する事

(“言葉の力”と実況中継)より

意味を理解できない呪文自体に効き目は全く無い。
それは、迷信。
言葉に力は無い。
言語は、道具。

言葉によって、一部の感情が上がってくる。
言葉に力が在るのではなくて、心のエネルギーに力がある。

人間は、言葉を道具として使っている。
人間は、言葉で感情の管理ができる。
言葉を聞くと、心の中の感情がかき混ぜられて爆発する。

生命の問題は、たった一つ
妄想する事。
それさえ無ければ、全てOK